0.5人月

人生と仕事が伸び悩んでるWeb系のおじさん

ハイマインド

俺は意識が高い。毎日遅くとも7時には起床し、必ず1時間程度の勉強に勤しんでから、仕事にとりかかる。

朝はバナナとヨーグルト。昼飯は週末作った冷凍弁当をメインとする。夜は、スーパーまで徒歩で買いに行って、足りない栄養を補うような惣菜を買って食べる。甘いものを食べたくなったらプロテインを飲む。あすけんは食事のみで出せる満点、70点を大概上回る。

ジムは毎週金土日のどこかで必ず一回は通う。ジムの後にスタバに行って本を読むか勉強するのとセットである。 

しかし、酒、飲みの場では我慢しない。職場の飲み会でも積極的に参加する。なぜなら人が好きだから。孤独になれた中年が飲み会に参加したり企画したりするのは、逆に意識の高いことである。

うんこは快便であり、毎日健康である。いつもまあまあ元気であり、メンタルも安定している、と評判である。

仕事は順調である。仕事自体は色々な角度から言ってやることだらけで伸びしろだし、人間関係も悪くない。本音でぶつかれている。平日、休みの日が待ち遠しい気持ちがありこそすれ、それでも仕事は嫌ではないと断言する。最高の人生の暇つぶしであると捉えている。

本は仕事の繁忙期を除き、月に4冊読む。中でも1冊は小説を読むことを大事にしている。現実を相対化することができるのが小説だからである。周りの人のこと、自分が置かれている現実を大事にしつつ、同時に所詮はそんなもの、と捉えることができるようになるのが小説であり、フィクションである。現実にもフィクションにも依存しない世界観を大切にしている。

内面のことばかりに意識が向かないよう、外に出ることに積極的になれるよう、身につける服を大切にしている。いいと思った服を定期的に買い、テンションをあげる。手入れのアイロン、ハンガーは当然とし、好きな服はこまめにクリーニングに出す。

目下の課題はアウトプットである。そこまでやったら俺は俺に、毎日に一切の不満がない。近々、一つ資格試験を受けるがそれは一つのアウトプットとして良いのだが、本命としてはクリエイティブなことを毎日の、日々のルーチンに組み込みたい。

決して多くはないある日のこと、前日の人との会う約束で忙しかった次の日、それでも朝早く起きてジムに行って汗を流し、スーパー銭湯でサウナにいって、休憩室で漫画を読み、あがって外食で昼飯をすませ、家への帰りがけスーパーで食材を買って帰る。家に着いては勉強をし、完成しない小説を書きたして、完成しないアプリのコードを書き足してリポジトリにpushして、飽きたら料理をして、夜になって食べる。1人用のゲームをぼんやりとプレイして、本を読んでくうちにうとうとして寝る。

そんなめったにない日のことを俺はパーフェクトデイズと呼んでいる。

youtu.be

2026年4月前半の日記

AI(Aホが使ってもI味がない)と思った日の日記

チッという舌打ちとともに、バーチャルオフィス上でT大が話しかけてきた。俺は奴を嫌味なくT大と心の中で呼んでいる。

「どうすんだよこれ」とT大がSlackのチャットに投げかけられた、ある開発者のどうしようもない修正の提案に、苛立ちを隠さず漏らす。俺は嫌な予感がして読んですらいなかった。何がだと問うと、ひーふーみーと何かを数え始めて、T大はその修正の致命的な点の具体的な答えを寄越してきた。同感だ、俺は笑った。

上がってきているPRで俺たちが片手間でAI動かしてやったほうがよかったことしかない、と深刻な調子で同調して話をしたが、俺はどこかひやひやしていた。T大と俺とその開発者と、それは単に相似とも言えるからだ。話は、AIの使用料金になった、コマンドを打って調べると、俺とT大の生産性とAIのドルは生産性に対して、綺麗な相関を、開発チケットの消化ポイントとの間に綺麗な相似を見出すことができた。

わかりやすいな、というとT大は違うといった。話題の致命的な開発者の使用量がT大に迫っていたことをやつは知っているからだった。T大は、AIの使用料金は、日々の料金を確認し自分が仕事をサボっているか否かの判断に使うのだといった。言われて、自分の日々の遷移を見ると、確かな説得力があった。学びがあった。しかし、と、どうしてサボらずAIを回してああなってしまうのか、俺が過小に見積もっていたAIの使い方というスキルはやはりあるのかもしれないな、と考えると当時に、結局AIは使う人を超えられない、という言葉も思い出した。T大はClaudeの障害を理由に退勤を宣言し、バーチャルオフィスをログアウトした。

まだ大学生って感じた日の日記

週の半ばに、終電を逃して終点に辿り着いた。大した量を飲んでないのに、やたらと酔っ払ってしまったそんな会社の懇親会の日のことだった。

何かないかと、コンビニでペパリーゼを買い、アイスクリームを買い、GoogleMapを開いて、歩きながら考えた時間はわずか。コンビニ以外に何もない、あるのは一泊するだけで1万を超すホテルだけだった。その日は、雨が降り、寒かった。タクシーはなかったが、Goアプリを使って捕まえるか。ざっと見積もって1万と計算し、選択肢から消した。歩く気力もなく途方に暮れて、屋根があり、電気は消さずにいてくそうな駅構内に座り込んだ。

駅構内では同じ境遇の人間が4、5人いた。一目でそれとわかる風体の男が、何もない何もないと叫んで千鳥足でふらふらと彷徨い歩いていた。この時ばかりは俺はやつに連帯とシンパシーを感じていた。

YouTubeに上がっている違法アップロードされた深夜ラジオを違法視聴しながら通勤リュックを枕にして横になり目をつぶった。

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明日、いや正確には今日午前休を取る羽目になったら嫌だなと思っていた。会社の懇親会で飲みすぎて、午前休なんて恥ずかしい。まず、体調不良はともかく二日酔いがもう恥ずかしい。それも会社の懇親会でなんてもっと恥ずかしい。そんな運命になる今日のこれからのことが嫌で仕方なかった。アルコール摂取後で冷静になった後に迎えるあの嫌悪感と、それに、凍える寒さが昨日の後悔と今日の憂鬱を加速させた。この寒さはいつかの登山を思い出した。

始発の電車は救急車のように感じた。暖かくなり、ホッとすると吐き気が湧き上がり、途中下車してペパリーゼとバニラを混ぜたようなゲロをホームで吐いた。サラリーマンがビビり散らかしていた。トイレでできなかったことを駅員に詫びたかった。

そんな感じで、6時に帰宅すると就寝を始め。2時間ばかし寝たところで、どんとした脳の疲れもとれず。どうしようもなくSlackで午前休の連絡をとった。その日は午後にミーティングがないのが助かったが、次の日、親切な人が皆ニヤニヤしていたと教えてくれた。本当に恥ずかしかった。

おじさんのニーバーの祈り

全くもって自分のせいではないのだが、やんごとない理由によって貯金が吹っ飛んだ日が先週の水曜日の夜だった。

次の日は、休んだろか思うほど気持ちはキレ(二つの意味で)そうだったが、なんやら休みを取る上長の代役があったし、飲み会に誘われて出社までしたのであった。

職場ではニコニコしていた。君がだんだん図々しくなってきてボカァ嬉しいよみたいなことをエロい人が話しかけてきた。ずいぶん話したが、仕事好きそうでいいなこいつと俺は思った。俺も仕事は好きだから、こいつみたいにもっと好きになりたいなと思った。

飲み会は楽しかった。うまいこと聞き役にも話し手にもなるやつらで俺含めて常識人すぎるなとおもった。そのうち1人がなんか辞めたいらしかった。そんなのはとうのまえから予想してたが、替えの効かない人間だったから嫌だなと思った。

まあまあ飲んで酔っ払って家に帰る途中。ラーメンを食った。むしゃくしゃしていた。

ラーメン

次の日は休日であった。桃鉄みたいなキングボンビーサイコロショック喰らったストレスと二日酔いに歯ぎしりしながら、自転車のパンクを治しに行った。すると自転車屋の駐輪所でスマホを落とし、その場に立ち尽くした。先週画面を割って5万払ったばかりだった。

割れてはいなくて安心したのも束の間、店員と話しながらふとスマホをみると、モニターが一瞬レインボーになった。自転車屋のハゲのタイヤの説明が急に遠くなっていった。

意識を遠くしながら頷いていると、ハゲが受け取り用紙を渡してきた。今日じゃなくて明日でいいかとハゲに聞くとハゲはいいと言った。ハゲは営業時間を唱えだしたが、大丈夫だハゲと言うと(言ってない)俺はスマホをじっと見つめながらトボトボ歩き出した。モニターではなく内部、10万コースの破損と見えた。俺は家に帰るには遠回りな、小学校の登下校に使っていた道をわざわざ歩くことにした。

年に一度は通るくらいのその道は、少しずつさみしくなっていくように見えていたような年もあったのだが、今ははっきりと人流があった。登下校の時にあった自販機の釣り銭をパカパカかちゃかちゃして通った売店が潰れていても、新しいマンション、新しいお店の影があった。俺のスマホより、ハゲの毛量より、希望を感じる道に見えた。

道は栄えたり、寂れたりもする、俺の金も増えたり減ったりする、とかわけわかんないこと考えてたと思う。

途中、家の近くのスーパーで、メモした食材リストの写真を音楽プレイヤーにしていたサブスマホで見ながら買い物をした。食材の総額は、五千円に届いた。

家では半日かけて作り置きの飯を作った。12食分。

その日のものを作る、と言うだけでは正直楽しめなかった料理は今は楽しかった。作り置きで平日に楽ができ、かつ、血糖値スパイクしないような食事、そこらで買うよりうまい、ダイエットメニューでもある、かつ、なんか調子がよい。

だれうま

何より節約にもなる。料理は貧乏人の絶好の暇つぶしだと思う。作り終えたあとも次は何を作ろうかとレシピを眺めて幸せだった。スマホのことは忘れた。

ふと、Slackに評価シートの共有がされた通知が来ていて気づいてのぞいた。てめえの自己評価を書けということだった。

もしかして、俺はメンバークラスのグレードかとハラハラしていたが、リーダーと書いてあってほっとした。さすがに去年部長賞取った男だけあって、マネージャーじゃなくても、メンバーではないだろう。

貯金もないし、賃貸だし、車もないし、嫁もいない、ハゲてないけどチビだし、知性は感じるしユーモアがあると最近職場でよく言われるけどもてないし、そんな男がメンバークラスだったら可哀想じゃないか。

評価シートを眺めるのはそこそこに、俺は勉強を始めた。俺の最近のマイブームは料理と勉強だ。AWSの資格勉強して、仕事で使う3Dのあれそれを眺めてわかった気になって、パソコンをカタカタしてると眠くなってきて、仕上げにSlayTheSpire2をやって寝た。

次の日は、昨日作った作り置きをつまんでから、ジムに行き、1時間くらいゆるい筋トレと30分くらいのウォーキングをしたあと、スタバに出かけた。

スタバで本を読み、勉強するのだ。鉛筆カリカリ、受験勉強キッズだらけの地元のスタバだが、ガチでノートに書き出すのは俺的NGだったので、スマホで問題集を解きながら、飽きたら本を読むを繰り返した。

ふと、俺の席の斜め前で三宅香帆みたいな女がパソコンをカタカタしていることに気づいた。俺は、とたんに、三宅香帆みたいな女って悪口を誰かに披露したくて仕方がなくなった。

やつの本を読まずとも、あらゆる事象について、言語化する技術を人よりも少し上くらいのレベルで身につけている知性を持ったチビの俺は、三宅香帆みたいな女がスタバでMacBookをカタカタやってる姿を見てたまらなくなった。(※なぜ働いていると本は、名著である)

俺は、🌈が走るiPhoneでもなく、問題集を解いていたウィンドウがバリバリのサブスマホでもなく、とっておきのiPadProを取り出して本のメモするフリを始めようとしたが、充電がなかったせいでiPadProは応答してくれなかった。

俺はおとなしく本を読むことを選んだ。三宅香帆のMacBookのリンゴがキラキラしていた。負けたと思った。

家に帰って、また作り置きの弁当を食った。これはうまいと、今食べたものと同じものが3食分冷凍してストックしてあると思うと、また平日の毎日の食事が楽しみになった。

少し前までの俺ならここで昼寝を始めるのだが、今の俺は勉強を始めるのであった。

最近思うのは、何かをして楽しい気持ちになる行為も、勉強のような苦痛を伴う行為も、一人で完結するものであるならば、どちらも虚無であると。脳の信号であると。そして、どの虚無か選べと死神に言われて、俺は勉強をして、ジムに行って、料理をして、掃除をする、ということを選択するようになったのだ。そういう宗教を始めたのだった。

一人暮らしの社会性とは👴

唯物論的

最近ふと思ったのだが、結婚している人の住まいはやっぱりどこか空気が違う。共同生活の影が、社会的な人間としての影がそこにあるとしみじみ思った。

人一人では出てこなかっただろう生活の道具一つ一つや、パーティションのようなもの、そして二人のスペースの存在が、社会性を感じて眩しい。もちろん、お邪魔した両夫妻双方の部屋を毎回、全て覗いてきたわけじゃないのだが、リビングだけでも十分感じる。

なぜその脱臭機が置かれているのですか、と問うと、私ではなく妻が猫アレルギーなので、と返ってきたり。どうしてあのような本格的な掃除道具が、と何かの流れで誰かが聞くと、あーそれは嫁がといいつつ居間から自室にいる妻に向かってなんで買ったっけと声をあげる。出されたグラスの種類がペアごとであったり。あるいはどうしてこのテレビに対して、これだけ大きいソファが置かれているのかと言ったら、それは聞くまでもなく二人で座るためである。

なんか置かれているものが活き活きしているというか、二つ意味を持っているような感覚があった。ラブラブ💓である(死語)とか、温かみ、と形容するとズレがあって、社会性って言葉を使いたい。置かれたモノに社会性がある。

独身の家にあるものは主人が選んで置いてあるものしかない。どうも無遠慮に趣味のものも置かれている。あるものは全てその家の主が答えることができた。何か人から貰ったプレゼントだってどこにおくかは、己のみが決めることであり、社会性は感じなかった。どれも意味は一つだった。人には言えない何かを隠しておいてあっても、独りの家とそうでないものとで、意味が違っていると感じた。

個人的にこの気づきは、独身の人はアレな人が多い、というのものの証左だと感じた。住まいというものが、生活をするということが、その人の社会性に影響を与え続けるものなんだと思ったのだ。

1人で生活することは、そういった社会性のない空間に長い年月過ごすということになる。それは将来にわたってきっと人を狭量にしていくのだと思う。本来人は社会的な動物なのだから、家の中が単に1人のプライベート空間であり続けたら良くないのは当然だ。

そして、独身の人のやばさというのは、なぜ生涯パートナーを見つけられなかったのかというその人の資質的な問題があることのほかに、何より単に家で1人でいるからこそまずいのである、と。そんなことを実感として思ったのである。

祈りましょう

孤独が孤独を強くするとでもいうのだろうか。家に1人しかいないからこそものに社会性が宿らない。そんな風にものに囲まれて生きる人間はやはり孤独を強くすると。

独身の人というのは、別に寂しくて孤独な人達って印象より、そういうどこかプライベート空間での絶対性を維持してしまっているというか、ある部分での圧倒的な社会性の強い劣化、みたいな性質を持っているって捉えるとそれもまた個人的にはピンと来るんだよな。

だからさ、俺はさ。急に自分ごとにしてまとめるんだけど、独身なんてそんなもんなんだからせめて、いくつになっても人と接することをためらってはいけないよ、と。じじいになって孤独で、寂しくても、頑固になったり意固地になってもいけないよって、とかってなんか未来の俺にお祈りしたくなったよね。

幹事

始めてリアル麻雀をデビューした。

初めは、ルール覚えるのがつまらなすぎてリアル麻雀の開催日の約束の2ヶ月前に、開催メンバーに根を上げたのだが、「一度人とやってみると違うから」と対人4人のネット麻雀を誘ってもらいプレイしたところ、そこで楽しさを理解し、なんとかリアル麻雀に参加できるくらいに持ち直した。誘ってくれた人には感謝している。麻雀の難しさと面白さ、コミュニケーションツールとしての良さがそこでよくわかった。リアル麻雀は当然のように面白かった。

この時点で俺わかんねえ

リーチで上がることしかできなかったが、なんかやばい雰囲気で捨て牌を取捨選択してそれが正しかったりした時には、脳汁が出た。なんか知らんけど、リーチでいっぱい役ついて最後に逆転1位になった時より、その相手の待ちの読みが当たった時の方が脳汁が出た。

手を動かし、頭を使って、人と会話ができるので、時間があっという間に過ぎていく。テツマンとかやってる大学生の気持ちがまあよくわかる。場所によっちゃあずいぶん安上がりな趣味だ。

最近、周りに飲まない人もぼちぼち出始めた他、自身も次の日まで引きずる飲みをしてばかりの反省から、人とのコミュニケーション手段やイベントごととして、酒を飲む以外のオルタナを探していたのだが、シーシャ以外に一つ見つられてよかった。また次の開催もあるし、そうでなくてもネット麻雀も気軽に誘えるので、良いこと一つ学んだ。結局、麻雀した後、酒飲んではいるのだが。

それにしても、幹事をしてくれるやつは偉い。年取ると孤独にも慣れてきて、人が好きで会うのが楽しくても、何かしらやることやらなきゃいけないこと各々あって、連絡をくれたりくれなかったり遅かったりする人の中、そんなめんどくさい予定おさえ作業をこさえるその幹事なる存在は偉い。リアル麻雀で8人分予定抑えてくれた幹事。つまんねえといったらネット麻雀誘ってくれた幹事。俺、生まれ変わったら幹事になるよ。

素朴にAIのインパクトを語るうぇっぶエンジニア

Claude強すぎるし、vibeコーディングはAGENTS.md揃えてからが本番ではあった。

職業的危機はいかほどかと不安に思う気持ちも始めの頃はまああったのだが、未だ各人のエンジニア達の上がってくるコードは変わってない。

危惧していたエンジニア経験の差が埋まって人類補完計画に入ったかのような均質的なコードばかりがPRに並ぶのかと思いきや、補完はされず、不味かった人は2倍量のうんこをしっかりオーバースローでPRを投げつけてくるようになった。これは辛い。俺なら半日で片手間でAIで終わらせられるのにレビュー指摘して確認してそれだけで半日かかってしまう。

逆は逆で、元々サイヤ人みたいなエンジニアがスーパーサイヤ人4になったのかはわからない。やつは最近俺書いてねえとか言ってるが、やつが繰り出すコードは俺がAI使っても繰り出せないコードで、中身は変わっちゃいない。当然だ、俺はそんな発想を、アルゴリズムを頭に持っていないのだから。

サイヤ人は、かのオーバースローで投げられたその巨大なうんこを前に、人ごとのスキルの差を確かに認めつつも、こんなうんこは近い将来駆逐できると言いたげだった。そうかもしれない。

やつは、Xとはてぶを眺めては時流と雰囲気でAI驚き屋をやってる俺とは違う。数々AIカンファレンスやらヒアリングして勉強して、打ち手を次々輸入して、どんどん実践投入して整備していく。驚き屋がわかった気になってブログでポエムを投稿している間にも粛々と補完計画を進めているというわけだ。

俺はやつの整備したAIエコシステム上でゲレンデのごとく以前の3倍のスピードで滑って実装をこなしている。比喩が全く整っていないのは、このAI時代において、人間が考えて出力したその手触りとして受け取って欲しい。これが令和のAI時代の文書の新しい言い訳である。

話が逸れたが、俺は、結論このAIによって職にありつけなくなるというほどの危機は感じていないとはいえ、サイヤ人が整備しきったAI環境で、補完計画を進めきった果てで、俺じゃなきゃいけないというバリューがどれほど出せるのかが、この先の年収の行く末だと感じている。

楽だなんだとぼさっとしてるとグサっとやられる。事業の価値とは何か、何が何を作るのが人のためになるのか。上長、客、同僚、部下、との協業における価値、彼らにどうやって価値をとどけるのか。

脳にシワを作る努力をしていかなければホワイトカラーはグサっとやられる。

2025年まとめ

忘年会がすべて終わった。沢山飲んだ。その終わりに風邪をひいて、二日くらいして悪化して、大晦日から年明けにかけては風邪で寝込んでいる。年末年始に寝込んでしまうのは毎年のことだ。呪いかもしれない。

ひとつ大事な気付きとしては、アウトバックステーキハウスは、サイドメニューもおいしいので、居酒屋的に利用してもよい。味はもちろん、分量を考えると安い。あと席の間隔も広くスペースがあって過ごしやすい。使ったのは池袋店だが、コンセプトとしてのあの間隔だろうから他の店舗でもそんなにズレてはいないと思う。

www.outbacksteakhouse.co.jp

去年は正社員に戻ったことが大きかった。やっぱり色々面倒だったが、ないよりは良い。

ezioize.hatenablog.com

仕事もプライベートもそれなりに試練はあったが乗り越えた。振り返って少し成長したと自分を褒めたい。会社では色々な人から今までにもらったことのない評価や評判を耳にすることが多かった。ささやかながら社内の表彰の一つにもあげてもらって嬉しかった。5年前の正社員時代の絶望からは想像しがたい1年だった。

去年の日記を読む

ezioize.hatenablog.com

去年の新年の日記を見ていたが、抱負には良いことを書いてある。1つ目は好奇心と2つ目は勉強のやり方と言っているが、結局、好奇心を育てるってまとめられる。これはでも一年で目標として立てる立てないというような問題ではなく、ずっと大事にしていくものではある。だから、今年特別意識したわけでもなかった。

去年よく考えていた目標や抱負のようなことに近いことをいうと、めんどくさいおじさんにならない、が自分の中にスローガンとしてあった。自分の感情をコントロールすることだったり、話かけられるのを待つのではなく話にいくことだったり、承認されるのをまつではなく承認していく、ということを意識した。俺なんかが人を承認したところで話かけたところで、とか考えてしまっていたものだが、こういう条件付きギバーな発想そのものが傲慢でめんどくさいおじさんそのものだと反省した。言っても改善しただけであって、めんどくさくなくなったわけではない。こんなブログを書いている時点でめんどくさい中年なのは間違いない。

今年の目標はとくにないが、好奇心については年末あたりからどこか思うところはあって、やはり脳内や知識欲求にもしっかりしたコンフォートゾーンはあるな、ということ。コンフォートゾーンを抜ける、というと、行動の時にこそと考えてばかりだが、単に机に座って勉強しているときや読書してるときだってあるだろう。そういう思考の癖みたいなものに流れすぎないように意識する。

言っても行動した時のそれとは話は違うし、本をいくら読んだところで頭は固くなっていくとは思うが、一緒にしないことは大事かと思った。

これは終電寝過ごして、深夜1時に田舎駅から家まで2時間かけてあるいていたときの写真である。よく頑張った。